大丸松坂屋百貨店様
明日見世のマスコット(?)と園田氏。店内の什器も雑貨フィーリングに溢れていて楽しい
大丸松坂屋百貨店東京店4階に位置する“売らない”店舗「明日見世(あすみせ)」。開設から2年半が経過し、ショールーミングという百貨店における新たな試みが定着しつつある。この明日見世に、2023年8月からAIZEリサーチが導入され、来店者の属性判定や滞在時間の測定に活用されている。
明日見世の独自のコンセプトやAI活用について、同店のデジタル事業開発担当である園田覚氏に話を伺った。
■ネット購入客に対する百貨店からのアプローチが“売らない”店舗
商品を仕入れてお客さまに販売するというのが百貨店の形態であるが、明日見世はショールーミングスペースという業態で、店頭での販売は行っていない。来店したお客さまに、展示してある商品を手にとっていただいて、買いたい場合やもっと商品が見たい場合に、店頭のQRコードから各ブランドのサイトを訪れて、そこで購入する仕組みになっている。
─売らない店舗「明日見世」のコンセプトについて教えてください。
園田覚氏(以下園田) 出会いの循環から、新しい可能性を満たす場と位置付けています。ひと言で言うと、オンライン販売のブランドを購入前に試せるショールーミングスペースです。
─なぜそのような形態をとっているのでしょうか。
園田 今は、ネットで商品を購入する行為が当たり前になりました。お店としても場所代や販管費がかからないから、いいんですね。お客さまもネットでじっくり調べて購入できるし、家に届けてくれるので楽です。もちろん、足を運んでお買い物体験を味わうというのは百貨店ならではの醍醐味ですが、一方で、ネットで購入するお客さまに対しても何か百貨店としてのアプローチが必要で、その答えの一つが「売らない」売り場、つまりショールーミングなのだと思います。
─接客のやり方も特徴があるようですね。
園田 「明日見世アンバサダー」という、商品の特徴や商品が生まれた背景を丁寧にお伝えする人が接客にあたります。それに対して、お客さまが共感いただいたりとか、逆にこういうところを改善した方がいいんじゃないか、といったやりとりが生まれますので、それを出店者さまにフィードバックして次の商品開発などに活かしていただいています。なにしろ販売していないわけですから、お客さまの方にも「買わなきゃ」というプレッシャーがありません。その場で商品を手に取って、心ゆくまで試していただくことができます。アンバサダーは特定の商品を勧めるわけではなく、どの商品に対してもフラットに対応しますから、お客さまも安心して意見を言うことができます。
■固定観念から脱却できる商品、カテゴライズできない商品を紹介
明日見世では、12週間ごとにテーマと出店者を変えている。キュレーションチームが、シーズンや市場環境、時代の価値観を勘案しながらテーマを策定し、テーマに即した商品を探してくる。いろいろなメディアに取り上げられたことで、サイトから出店の問い合わせが来ることも増えているという。
などが明日見世の出品の基準となっている。
─オンラインのみで販売されている出店者が多い印象ですが。
園田 すべてがそうではありませんが、はじめて1年未満のスタートアップも多くて、大丸の明日見世に出品するタイミングに合わせてローンチされるブランドもあります。オンライン店舗オンリーの場合、この場所を使ってお客さまの声をお聞きしたいというご要望が多いです。
─他のショールーミングスペースとの違いはなんでしょうか。
園田 一般的にショールーミングスペースというと、お客さまと各ブランドをつなぐ場所貸し的な側面が強いのですが、明日見世の場合には、そこに私たち百貨店やアンバサダーが深く関わります。また、出品商品の背景にあるブランドのコンセプトやストーリーなども重要視しています。お客さまと百貨店もつながりますし、お客さまとブランドがつながる場でありたいと願っています。
─お客さまはどのような特徴がありますか。
園田 テーマや出品によって大きく変わるのですが、アンケート結果を見る限り、来店者の多くを30代40代の女性が占めます。大丸松坂屋東京店は50代60代のお客さまが主流ですから、それと比較しても若いかなと思います。
─ここでしか出会えない商品があると聞きましたが。
園田 百貨店ですので、売り場のカテゴリというのは決まっています。そのカテゴリの中では扱えないものってあるんですね。たとえばここに990円の歯ブラシがあります。これを日用雑貨の歯ブラシ売り場で売れるかというと、横に99円とか200円の商品があるわけですから難しいでしょう。誰かがなぜこれが990円するのか説明してあげないと、簡単には購入いただけないと思います。ここではそれができるんです。たとえば、「この歯ブラシはブラシの毛が一般的な歯ブラシの倍ぐらい入っています。しかも、一般的な歯ブラシは毛が円柱状ですが、この商品は立方体になっていて、汚れが落ちやすいんです。だけど、実はつくるのが難しくて高度な技術が必要です」という説明をしてあげると、お客さまは納得していただき、自動販売機だけで100本以上を販売しました。
実は、既存の売り場の定義ではカテゴライズできない商品ほど、面白い商品というか、付加価値が高かったりします。そんな商品をより知ってもらいたいなと考えています。
「さぁ、ご自愛しましょう」が撮影時のテーマ(2023年12月)
■AIを活用することで先入観やバイアスなしで顧客の姿をとらえたい
明日見世では商品スペースごとにカメラを設置し、来店者の属性(性別・年齢)や滞在時間の把握に努めている。以前は別のベンダーのシステムを使用していたが、2023年8月からAIZE Researchを導入して活用している。
─AIZE Researchに切り替えたきっかけはなんだったのでしょう。
園田 コストと機能ですね。それと運用に関して信頼できそうだったのでトリプルアイズさんにお願いしました。
─どのように活用されていますか。
園田 出店者さまにレポートを送るのも重要な仕事であり、そこには、お客さまの反応や意見といったアンバサダーが把握した定性的なデータが主になりますが、定量的なデータも不可欠です。どんな人(属性)がどのぐらいの時間(滞在時間)、その商品を見ていたのかといったことですね。
─データからどんな発見があったでしょうか。
園田 新たな発見というよりも、感覚的な仮説を裏付けるのに役立てています。30代前半の女性を想定した商品に対して、本当にその年代の方が反応しているのかどうかといったことです。出店者さまにとっては、ターゲットが改めて確認できることへの評価があります。ある出店者さまは、スタートアップだったのですが、銀行に融資の申し込みをしに行った際にレポートが役に立ったと喜ばれていました。
─分析的なデータ活用はされていますか。
園田 なかなか難しいのですが、同一カテゴリー商品との比較による優位性や特性を抽出するようにしており、これは有意なデータが取れていると思います。
USBカメラで来店者情報を取得し、クラウド上のAIエンジンAIZEが認証を行う
─AIZE Researchに対するご要望などございますか。
園田 性能面では、複数のカメラで撮影された方を、同一人物と認識する技術の精度の向上を求めています。一度カメラのアングルから外れて、また戻ってくるというケースも多いので、それを間違いなく同一人物と認識してくれると分析も意味のあるものになると思います。さらに、最近は円安ということで、海外からのお客さまも増えているので、その方たちの属性判定の精度向上もお願いしたいところです。
─今後の店舗におけるAIなどテクノロジー活用でどのような展望を描いていらっしゃるでしょうか。
園田 個人情報保護の観点から実施には至っていませんが、録音機能をもたせ、顔認証の感情分析機能とリンクさせると、どんな接客(コメント)に、どういう反応が得られるのかが知ることができるので、データとしての魅力が大いに上がるのではないかと考えています。
小売業にとっては、お客さまが「買わない理由」を知ることが昔からの課題としてあります。買わない人はなぜ買わないのかその理由を知ることができれば、商品開発やパッケージングに活かすことができます。AIを活用することで、先入観やバイアスなしでそのあたりのデータが取れたらいいなと考えています。
■画像認識プラットフォーム・AIZEとは
画像認識プラットフォーム・AIZEは、トリプルアイズが取り組んできた囲碁AIの研究から生まれた、ディープラーニングによる画像認識システムです。クラウドに画像データを送信し、ディープラーニングの手法でAIが解析します。年齢・性別・感情さえも認識できるAIエンジンを備え、その可能性は多岐にわたります。
AIZE:https://aize.jp/