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Challenge to AI Go

囲碁AIへの挑戦

history【囲碁AI挑戦の歴史】②囲碁AIとバイクレース

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 AIそのものには大きな可能性がある。そのことはわかってもらえるはずだ。

では、そのAIの可能性をいかに掘り起こすのか? 多くの企業はこう考えるのかもしれない。まずは先行するAIを使ってみよう。たとえばグーグルのAPIを使ってみよう。 でも、それは本当にAIの可能性を掘り起こすことになるのだろうか?  

トリプルアイズは2008年設立のITベンチャーだ。小さな事務所を借りて、コツコツとプログラムを書いていた。その頃から理想はあった。 いつか、自社開発のプロダクトでイノベーションを起こしたい。AIの研究開発をやりたい。

当時、AIの進化を肌身で感じることがあった。コンピュータ将棋だ。自慢ではないが、私の棋力であれば、コンピュータ将棋に負けることはなかった。すくなくとも大学生の頃までは──。 会社を創業して目まぐるしく働く日々、私が息抜きに選んだのは将棋だった。将棋道場に通う時間がとれず、使っていたガラケーに「激指」という将棋ソフトを入れてみた。 そして、驚いた。まったく歯が立たないのだ。こんなレベルにまで、将棋のAIは進化していたのかと思った。 すぐにでもAIに取り組もう。そう思ったのはこの時だった。  

会社の業績は伸びていった。気がつけば、エンジニアが全社員の8割を越える、技術者集団ができあがっていた。 私はAIの独自開発をやると決めた。ちょうど「ponanza」という将棋AIがプロ棋士に勝った頃だった。チェスはその25年も前にIBMの「ディープブルー」が、世界最強といわれたカスパロフに勝利していた。 残されたのは、囲碁だった。まわりを見渡しても日本企業で囲碁AIを研究開発しているところはなかった。 トリプルアイズで囲碁AIを研究開発しようと決めた。2014年だった。  

 

 

 

本田技研工業の創業者、本田宗一郎氏は敗戦から間もない1950年代のはじめ、世界的なバイクレースに、自分たちが開発したバイクで挑戦すると決めた。日本の自動車産業など、自分たちでさえ世界レベルにないと思っていた時期のことだ。 そんな時期に堂々と『宣言』し、チャレンジを開始したのだ。今にして思えば、これがなければ、後の本田技研工業もなかったのではないか。

エンジニアとして、大きなチャンレジと、それにともなうトライ&エラーがなければ、イノベーションなど決して起きないだろう。 トリプルアイズは、何にチャレンジするか? 目標は大きいほど、チャレンジのしがいがある。 囲碁AIは10の360乗という選択肢の数、関数の複雑さから、人に勝つには10年かかると言われていた。  

「よし! 囲碁AIをつくろう!」 私は社内のエンジニアたちに、そう言った。 囲碁AIであれば、その技術力は対局の勝敗で決まる。勝負なら企業の規模で判断されることもない。 トリプルアイズにとっての囲碁AIは、本田のバイクレースと同じだ。 このチャレンジが未来を創る。


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